旅に出るとき、私はイヤホンで音楽を聴かない。
発車メロディや汽笛、車内放送、「ガタンゴトン」とジョイントを通過するたびに聞こえるリズミカルな音、そんな音にとても旅情を感じるからだ。
発車メロディ
今では多くの駅で採用され使用されている発車メロディ。
「電車はそこまで好きじゃないけど、どこどこ駅の発車メロディはいいよね」そんな声を耳に挟むこともあるくらい人々の生活に馴染んでいると思う。
発車メロディでは特に、品川駅の「鉄道唱歌」や上野駅の「あゝ上野駅」が好きだ。旅行や旅、上京などを歌にしたものは、これから私は旅に出るのだと旅情をさらに掻き立ててくれる。
上野駅の「あゝ上野駅」といえば13番線ホームしか鳴らず、他の番線は都心各駅で使われている曲と同じものを使用していたため特別感があった。さらに13番線は「北斗星」や「あけぼの」「カシオペア」といった東北・北海道に向かう列車が発着するホームであったため、ただその曲が流れたところに居合わせただけで旅に出たくなる。
そんな「あゝ上野駅」実は2013年から発車メロディになったという。歴史はまだ浅いが、3年後の2016年には13番線ホームから寝台列車が発着しなくなってしまった。変わりに四季島という高級クルーズトレインが発着するようになったが「あゝ上野駅」は使用されず、また特別感のある鐘の音に変更され「あゝ上野駅」は16・17番線の常磐線特急「ひたち」・「ときわ」が発着するホームで聞くことができるようになった。上野東京ラインの開通により、ほとんどの列車がここから発着せずに地上ホームから発車するのでなかなか聞くことができないが、朝8時ちょうどの特急ひたち仙台行がこちらの地平ホームから発着するため、ひたちに乗るときはこれを利用するようにしている。
旅に出て都心から遠ざかれば遠ざかるほど発車メロディが流れない。それは大体段階があって「電子ベル」から火災報知器がなっているような「ベル」、「電子笛」または「笛」といったようにのどかな風景になると、発車合図も変わってくるため遠くまで来たのだなと感じさせる。近年では「笛」が廃止されて「電子笛」になってきているところが増えた。肺活量に個人差があるためなのか、一人一つ持つ必要がなくなるからなのか、理由を調べていないためにわからないが、車掌さんによって違う笛の音色が聴けないのはとても寂しい。
また、地方の主要駅ではご当地発車メロディを鳴らすところが多い。曲は民謡やその土地出身のアーティストの曲だったり、その地域の祭りで流れる曲だったりだ。例えば、阿波おどりで有名な徳島県の徳島駅では「阿波よしこの」という阿波おどりに使われるお囃子の一つが流れる。また福島県の郡山駅では、グループ結成された土地としてなじみのあるGReeeeNの「キセキ(新幹線ホーム)」や「扉(在来線ホーム)」が使用されている。これらの曲も日常的に使う駅では聞かないために、旅行の際に聞くと「ああ、遠くへ来たのだ」と感じさせ、途中下車せずただ通過する駅だとしてもその土地が印象に残る。
発車メロディは自分がどのくらい遠くに来たのかを感じさせてくれる。
汽笛
汽笛と聞いて浮かぶのは蒸気機関車だろうか。
「汽笛一声新橋を、はや我汽車は離れたり」と鉄道唱歌の冒頭にも歌われている。
本来汽笛とは警笛であり、列車の進行先にいる人に注意を促したり、危険を知らせたりするものであるが、鉄道においては旅情を感じさせる一つだと私は思う。
汽笛も蒸気機関車、ディーゼル機関車、電気機関車、さらにはその中の形式別に異なる音色を発する。電車においても国鉄型とJRに入ってから作られたもので違いがあり、特急列車においてはミュージックフォンというメロディを警笛にしたものがあり、同じ形式であれば基本的に同じ音色だが十人十色の音色を聴くことができる。
警笛を聴く場としは、都心であればプラットホームにおいて黄色い線の外側に立っていると「ファ――――ン」と怒られるように鳴らされる。実際「ファーン」だけならいいのだが、不意に誰かが黄色い線をはみ出していて「ファ―――ン「ポ――――――――」」と電子的な警笛に加えて空気で鳴る警笛を鳴らされるとビクッと驚かされてしまう。あまり聞いていて気分は良くないだろう。
しかし、河川敷で手を振る子どもたちには、優しく「ファン」と鳴らすことから鳴らすのは運転士だが列車にも人格があるのでは?とさえ思う。
旅行に出て田舎の方までくると、警笛は危険を感じた時に鳴らすよりも日常的に鳴らされている。例えば警報機のない踏切を通過する前や、鉄橋を渡る前、トンネルに入る前などだ。鉄橋やトンネルの前で鳴らすのは、国鉄時代に「運転取扱基準規定」という規則で、そのように決められていたんだとか。田畑を線路に横切られた農家が畑を耕すために線路をよく横断していたり、列車運転の合間に保線作業をしていたからだそうだ。また昔は冷房が無かった列車が多く、乗客が窓を開けていることが多かった。しかし蒸気機関車の場合煙突から出る煙に煤や燃えカスが混じっており、窓を閉めずにトンネルに入ると顔が真っ黒になった。トンネルに入るぞと汽笛の合図で乗客が一斉に窓を閉めていたそうだ。今でも「SLばんえつ物語」や「大井川鉄道」「SLぐんまみなかみ」などSL列車で体験できる。
鉄橋やトンネルは景色が一気に変わるタイミングだ、汽笛が聞こえて車窓を見るとごうごうと音を立てて流れる急流や、トンネルを抜けて景色が変わる瞬間を見逃さずに見ることができる。
車内放送
今では自動音声の放送が主流だが、乗っている列車がどこまで行くのか、途中どんな駅に停車するのかを肉声で、かつ各駅の到着時刻を添えて親切に放送してくれる車掌さんがいる。時々、通勤列車でもそんな旅情あふれる放送をしてくれる車掌さんがいるが、基本的には特急や新幹線、指定席やグリーン席が連結された快速列車だろう。
列車が始発駅を出てしばらくすると、メロディが流れて車内放送が始まる。乗車している列車名から始まり、行き先、停車駅、停車時刻を読み上げ、車内マナーや車内販売の有無まであることもある。その後、車内販売の営業があれば「皆様の席までまいります」と車掌から車内販売員に変わり放送が流れる。近年車内販売の営業縮小が相次ぎ、本日おすすめの駅弁やコーヒー、アイスなどが車内で楽しめなくなってしまい残念である。
そんな車内放送前に流れる車内チャイムだが、種類がたくさんあるのはご存じだろうか。近年よく聞くのは多くの特急で途中駅発着前後に鳴らされる「ピーンポーンパーンポーン」とファ# レ シ ラの音階にのった4打点チャイムだが、始発駅発車後や主要駅到着前後などに鳴らされるものは列車によって違うことが多い。
例えば東京から伊豆方面に向かう特急踊り子は、走行する東海道線に合わせて「鉄道唱歌」が鳴らされ、常磐線の特急ひたち・ときわでは「ひたちチャイム」といった常磐特急に搭載されているメロディが流れる。また、国鉄型の列車だと「主よ、人の望みの喜びよ」や「美しく青きドナウ」などクラシック曲が採用されていたり、客車列車や夜行列車だと「ハイケンスのセレナーデ」が採用されていたりする。過去にあった特急あさまでは、車両によっては東京発車後に「東京音頭」長野到着前に「信濃の国」が流れる車両のもあったという。
発車メロディが流れて、ドアが閉まり重い鉄が線路のつなぎ目を通る音のテンポがだんだん速くなるとともにこれらの曲を聴くと「これから旅に出るのだ」と、旅の始まりに高揚する。
寝台列車や夜行列車においては、明るい駅の照明を過ぎ暗闇の車窓に流れるハイケンスのセレナーデが沁みる。
ジョイント音
「ガタンゴトン」というリズミカルな音は鉄道旅行ならではだと思う。
列車が発車し、だんだんテンポが速くなっていくその音を聞くとこれから遠くに出かけるのだと感じさせる。
ジョイント音は聞くともいうが感じるともいえる。線路と線路のつなぎ目を鉄の車輪で通過するときに発されるその音は音と一緒に振動になってやってくる。その一定テンポの音と振動が心地よくて春の陽気に誘われるように眠気も寄ってくる。夏は猛暑の中を歩き疲れた時に、秋は残暑が終わり涼しげな風と共に、冬は暖房の暖かさとともに、私を心地よい眠りへと誘いに来るのだ。
その誘いを遮るようにドドンと転轍機を通過する大きな振動や、鉄橋を渡る大きな音、対向列車とすれ違う際の振動が眠気を一気に持っていくとき、決まって私は大きなあくびをする。その後車窓を眺めると「ああ、負けてしまった」と眠気に勝てなかったと思いながら、場面の変わった風景をまた楽しむ。
線路のつなぎ目の間隔はほぼ一定であるが、大幹線や幹線などいわゆる東海道本線や東北本線のように列車が高速で通過する路線は、振動が大きくならないように線路が敷かれた後つなぎ目を溶接して一本の長いレールにする。それによりジョイント音があまりならない。しかし発車メロディと同じように都心から離れると25メートルの定尺レールになり「ガタンゴトンガタン」というようなリズムになる。
会津鉄道を走る特急リバティはそれなりの速度で短い間隔のレールを走るため一種のアトラクションのように揺れるが、気持ち悪くなるほどではなく逆に心地よさを感じる。
「ガタンゴトン」のリズムが恋しくなる。
今度はどこに行こう。
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